校訓 「高く 正しく 強く」

第11号 平成27年2月2日発行   校長 関田重雄

「憧れ」について
 先月の全校朝会で次の話をしました。20年前の1月17日に阪神淡路大震災が発生し、多くの方々が犠 牲になりました。復興には多くの日数がかかりましたが、日本の若者たちが多数ボランティアとして現 地に入り活動しました。このことは世界各国で称賛と共に報道されました。困難に遭遇した時の日本人 の団結力、特に数多くの若者の積極的な活動は目を見張るものがあったのでしょう。さて、生徒のみな さん。ボランティア活動とはどんな活動をいうのでしょうか。ある人は、「ボランティアとは、単なる 自己実現や奉仕活動ということだけではなく自分が他人の前で意味のある存在であることの確認である」 といっています。また、自分の定義については、「自分というのはきっと、他人に贈られるものなのだ ろう。誕生してからまず誰かから名前を贈られるように。傷ついた他人の顔を鏡にして、はじめて傷つ けた自分の表情に気づくように、自分を中心に相手を考えるのではなく、相手を中心にして自分を考え ることが大切である」と述べています。さらに、相手中心的な考え方をし、自己中心的にならないため には、憧れの対象を持つことが必要であり「あの人だったら、こんな時どうするだろうか」と思うこと が大切なことであると述べています。あの人とはまさに憧れの人です。憧れの意味を大辞林で調べてみ ますと「@理想とするものに強く心がひかれる。A(ある物に心がひかれて)ふらふらとさまよい出る」 とあります。私は、憧れの対象は歴史上の偉い人物である必要はないと思います。身近に憧れるに値す る人は数多くいると思いますが、今の生徒は憧れの感情が以前の生徒と比べて希薄であるため具体的な 対象を持ち得ていないと感じます。憧れの対象があれば、その人に見られている自分が常にあります。 善い行いをしていても、悪い行いをしていても必ず見られています。だから、他人を傷つけたりは決し てしません。今、自分が悩んでいても小さな人間だと思えるような時期であっても、憧れの対象が立派 だからいいんだという思いになります。中央中の生徒には、憧れの対象を具体的にもって生活して欲し いと願っています。