校訓 「高く 正しく 強く」

第4号(7月号) 平成27年7月1日発行   校長 関田重雄

 
感性を磨くことについて
 本校は、学校教育目標の1つに「豊かな心をもち思いやりのある生徒」を掲げています。この 抽象的な事項を具体化するのは、なかなか難しいことですが、豊かな心の育成は、感性を磨くこ とにつきるとも考えています。そのことを芥川龍之介の小説で考えてみました。芥川龍之介の小 説は、「トロッコ」という小品が以前は国語の教科書に載っていましたが、最近は取り上げられ ていないのがとても残念です。今回紹介するのは「手巾(はんかち)」という短編小説です。概 略を紹介します。 「主人公は、東京大学教授の長谷川先生と、先生が教えている東京大学の学生の母親です。あ る夏の日、先生が自宅にいると、西山篤子という女性が訪ねてきました。先生は、はじめ誰だか 分らなかったのですが、女性が自分の息子が世話になっている旨を話したので、自分が教えてい る学生の母親で、病院に入院しているのを何回か見舞ったことを思い出しました。女性は、病院 に居た間、息子が先生の噂などを話していたので、お忙しいとは思いましたが、お知らせかたが た、お礼を申上げようと思い訪問したことを告げました。話の中で学生(女性の息子)が亡くな ったことを先生は知ります。話をしている間に、先生は、この女性の態度なり、振る舞いが、少 しも自分の息子の死を、語っているらしくないと言う事実に気がつきました。眼には、涙もたま っていない。声も、平生の通りです。その上、口もとには、微笑さえ浮かべています。 これで、話を聞かずに、外見だけ見ているとしたら、誰でも、この女性は、日常茶飯事を語っ ているとしか、思わなかったのに違いないと感じていました。偶然先生は、手をすべらせて、う ちわを床の上に落としてしまいました。先生は、半身を椅子から前へのり出しながら、下を向い て、床の方へ手をのばしました。その時、先生の眼には偶然、女性の膝が見えました。膝の上に は、手巾を持った手が、のっていました。同時に、先生は、女性の手が、はげしく、ふるえてい るのに気がつきました。ふるえながら、それが感情の激動を強いて抑えようとするせいか、膝の 上の手巾を両手で裂かないばかりに堅く、握っているのに気がつきました。そうして、最後に、 皺くちゃになった絹の手巾が、しなやかな指の間で、さながら微風にでもふかれているように、 刺繍のある縁を動かしているのに気がつきました。婦人は、顔でこそ笑っていましたが、実はさ っきから、全身で泣いていたのでした。自分の子どもを亡くした母親の深い悲しみがそこにはあ りました。」 この小説は、今から100年前に書かれたものですが、日本人のもつ感性は現代においても共 通するものがあります。人は悲しいから泣き、楽しいから笑うといった単純な生き物ではないの です。人間にしかできない、悲しみや喜びの感情表出の形の幅広さを教えてくれます。読書は様 々なことを考えさせてくれます。暇を見つけ、多くの本を読み、感性を磨き、心を豊かにしたい ものです。
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